生産管理体制の徹底で品質要求が高い顧客を新規開拓
下関市彦島。海の程近くで、産業機械部品の製造を手がける高橋さん。現場改善の指導者を探していたことから、公益財団法人やまぐち産業振興財団の職員よりよろず支援拠点を紹介され来訪相談に至った。当初の相談は、ものづくり補助金の採択を受け、新規導入設備をレイアウトする場所を確保するため、とのことであったが、その時点で同社は大きな課題に直面していた。
それは、売上構成比1位で売上高の約50%を占めている得意先からの取引撤退を決めたばかりであったということだ。撤退のきっかけはいわれのない理由で、当時の得意先内で発覚した不具合品の損害賠償責任を押し付けられ訴訟問題にまで発展しかけた事件だ。調査の結果、同社には責任が全くないことが証明されたが、当顧客先のずさんな外注管理の被害に巻き込まれたことに対して経営陣は危機感を覚え、完全撤退をすることを決断されたところだった。
現場改善に当たっては、事務所及び工場に佐伯コーディネーター(以下CO)が出向き、現場の状況を観察しながら支援を行うこととした。工場を訪れた佐伯COの第一印象は「散らかっているな」というものだった。それもそのはず、100㎡の敷地内にCNC旋盤6台、マシニングセンター3台、ボール盤他3台がすでに設置されており、新たな機械装置を設置する場所の余裕はなく設置場所の確保が課題であった。高橋さんは、場所を確保のするため5Sの取組み方の指導を希望されていたことから、現場の視察及びヒアリングを行った。そこから同社が、「品質の確保・納期の厳守、顧客からのすべての要求に応える」という経営理念の基、顧客のあらゆる要望を中小企業ならではの機動力を活かし、必要な時に必要な品質で、納期厳守される誠実な企業であるとの認識を得た。これは佐伯COが高橋さんの印象を「実直な性格」と表現する面と通じるところがある。
また、工作機械のオペレーターは4名体制であり、作業指示を受け、加工・納品していた。従来、作業指示書のような書面がなくても機能していたが、近頃は指示伝達が明確に伝わらずに重複加工や加工の忘れ、図面の間違い等の不具合が散見されるようになっていた。
これに関連して、顧客から見積依頼が来てからの流れや、作業指示の仕組みや工程計画立案、不良品発生時の対処方法等の生産管理が体系的整理されておらず、標準化されていないことがわかった。
また、「ものづくりが好き」と自負する高橋さんが作業に入ることで時間をとられ、改革の船頭として機能しなくなっていることも問題となった。
5Sの取組みの最初の一環として「整理」を実施するため、不用品に赤札を取り付け、一定期間赤札が張られたものを不要と判断する「赤札作戦」の実施計画をレクチャー。高橋さんがリーダーとなり、実施計画を立案することを提案した。
実施計画に基づき、現場の稼働状況を把握するため、工場作業現場の瞬間観察を実施。加工現場の客観的な分析を行うことで、稼働率の高い機械、低い機械を「見える化」。廃棄する機械装置を判断することを提案した。
また、ヒアリングを実施し顕在化した生産管理方法の改善を提案。作業指示の錯綜を防ぐために、加工の全てに指示書の発行や加工時間のフィードバック、不具合品が発生した場合の記録方法等のルール化や標準化をする為に佐伯COが様式の雛形を提案した。
実施計画に基づいて、赤札作戦はすぐに実施。結果として、長く放置された原材料在庫、不具合品になった仕掛品、故障した部品等10トン近くのスクラップを処分。また、古くなり稼働率の低い工作機械を処分することで約15㎡のスペースを確保することができた。
また、作業風景を動画で撮影し、機械を動かしている人が止まっている時間が長い状況を把握。これに対し作業指示の方法を変更し、従来の口頭で作業指示から作業指示書を作成し、図面と組み合わせた準備を行い、毎朝のミーティング時に現場の所定場所に設置することを徹底した。作業者別の指示は数日間分の指示をまとめて伝達。一覧形式で優先順位を納期順で把握させ、取組み順序の決定は作業者の裁量に任せ、段取り回数を減少させることで、製品単位の原価を低減。指示待ちの時間が無くなり数点先の作業計画が把握できることで、機械装置を自動運転する間に数点先の作業準備に取組める等の効果があり、従業員の評価も高いそうだ。
赤札作戦による、現場改善の効果は通常の作業性の改善に加え、当初の課題であった新規機械装置の設置場所が確保でき最新の機械装置を稼働させることができた。プログラミング、干渉チェック時間等の短縮により加工時間を既存の機械装置に比べて70%削減できた。さらに、剛性の向上、加工精度の高度化により従来は断っていた高付加価値な製品作りが可能になり利益率が向上した。その後、定期的に5S活動を継続しており、平成29年9月には新たにCNC旋盤も導入した。
生産管理の取組みは、作業指示書の発行、指示書の現場への設置、不具合品に対する管理の徹底は指示の錯綜による無駄の減少効果をもたらすとともに、同社の売上回復への効果をもたらした。売上高が50%に減少し、新規顧客獲得のため販路開拓を展開。新規顧客側は取引前に、生産管理状況を審査するための訪問が条件であった。結果として、生産管理の徹底を高く評価をされて平成28年~平成29年にかけて3社の新規取引先開拓に成功。売上高は、完全に回復し、平成29年10月現在では主要取引先となっている。新規取引先は、産業ロボット製作会社、電力会社の発電機製作会社等高度な品質要求を行う取引先であり、生産管理、品質管理を認められたことによる取引開始となった。佐伯COが生産管理の徹底を強調したのは、同社に関係のない製品による責任が押し付けられるようなことを今後は避けるためでもあった。
作業指示書は、作業に要した時間を記入してフィードバックしている。作業時間を記録することにより製造原価の把握が可能となった。製造原価管理ができることで、利益管理が可能となり、選択と集中の経営判断が行えるようになった。
「作業に追われていることも多くなかなか、業務改善に取り組めないこともあったが、佐伯さんの『がんばって行きましょう』という言葉が常に励みになった」と高橋さんは語る。
一方佐伯COは、「現場改善は痛みを伴うことが多く、従業員等のコンセンサスの形成が必要不可欠であるが、改善の実現を信じてCOの助言に対して誠実についてきて頂いたことで今回の課題解決を達成できた」と高橋さんの誠実な姿勢を賞賛した。