一次加工から脱却 人手不足を補い独自の強みを生かす
青森県八戸市。水産加工場で働く従業員たちに、威勢のいい声をかけて回る人がいる。五戸水産株式会社(以下、同社)の社長、五戸睦子さんだ。男性の多い水産加工品の世界で、紅一点生き抜いてきた。同社を父から引き継ぎ、日本でも有数のスルメイカの漁獲量を誇る八戸で海産物を加工し、食卓に届け続けてきた。しかし、そんな五戸さんでも太刀打ちのできない状況に追い込まれてしまう。
同社では、イカの1次加工を多く手がけ珍味メーカー数社に納めてきたが東日本大震災の影響で売上げが大幅に落ち込み、追い討ちをかけるようにイカの歴史的な不漁に見舞われてしまう。「これからどうしようかと途方に暮れ、事業の継続も考えた。」五戸さんは、当時をそう振り返る。
そこで、10年前、当拠点の加藤チーフコーディネーター(以下CCO)に新商品開発のサポートを受けたことがあったこともあり、当拠点が青森県、青森県産業技術センターと共催する出張相談会「ABC相談会(あおもり食品ビジネスチャレンジ相談会)」に申し込んだことから支援が始まった。
相談を受けた加藤CCOは「表には出さないものの、深刻な様子だった」と相談当時の五戸さんの様子を振り返る。そこで、同社の現状を分析したところ、販路では「メーカー依存型」、原料では「スルメイカ依存型」と分析した。大震災により販路を、不漁により原料を立て続けに失ってしまった状況にあったのだ。また、スルメイカの不漁は全国的で、近い将来改善する見込みもなかった。
設備面で言えば、工場は製品のカットなどの主要な工程で機械化が不十分な状態にあり、競争力として必要な省力化が進んでいない状況にあった。そこで加藤CCOは、同社の工場が八戸地域の他の事業者に比較して「小さいこと」を強みと捉える事業展開を考えようと五戸さん、チームに提案した。つまり既に生産するものに合わせてつくりあげられた大きな工場では実現がしにくい、工場の「小ロット」「多品種対応化」「省力化」という方針を打ち出したのだ。
加藤CCOは、同社にあった開発力と機動力に目をつけ、特定のメーカーからの転換を遂げることをアドバイスした。具体的には第一段階として、時代のトレンドを踏まえた、外食・中食分野を中心とした業務用への販路の切り替え。第二段階として、インターネット販売を含む家庭用自社ブランドのお土産品、ギフト商品の拡大を提案した。
また、五戸さん自身も望んでいた、脱「スルメイカ依存型」を実現するために、スルメイカ以外の他の種のイカや、スルメイカの低利用部位、他魚種の加工の推進。
「小ロット」「多品種化」対応のための設備導入。業務用市場(お惣菜等)で求められる工程(裁断の多様化や乾燥工程、焼き・炙り工程)確立のための必要設備・機器の導入を勧めた。
また、経営の効率化や人手不足を見据えた工場の省力化、工場の稼働率を上げるとともに、地域の食産業振興の核施設となるべく、県内のお土産品メーカーや6次産業化に取り組む農業者等の小ロット加工への受託製造対応を実施することをアドバイスした。
業務用への販路の切り替えにあたり食品分野の中でも、目指す販路ごとに適正な展示会が異なることをアドバイス。業務用分野専門の展示会「デリカテッセン・トレードショー」への出店を勧めた。この提案を受けた五戸さんは「うちがデリカ?」と疑問を持ったと当時の心境を語ったが、これが大反響を呼ぶ。商談・展示会での名刺交換数は173枚、既存市場は16社の販路回復、新規市場は11社へ販路拡大に成功したのだ。
また、工場の設備更新のための補助金活用に関してもアドバイスを行い、水産庁の「復興水産加工販路回復推進事業」に応募する具体的な事業内容、スケジュール、予算編成等についてアドバイス、申請を支援。3年連続の採択に至った。これにより「小ロット」「多品種」「省力化」に対応する、ヘッドカッター、ウロコ取り機、コンベアー、乾燥機自動温度調節機、インバーター、各種裁断機等の設備を導入することができた。
積極的に設備拡充を図ることで、人手不足を補うことにも成功。
また、業務用商品の開発とカタログ、規格書(FCPシート)の作成を支援し、「誰に」「何を」伝えたいのかというポイントを整理した。例えば、業務用のパンフレットであれば、感覚的な表現よりも内容量などのスペックティブな情報の方が、価値があることなどを助言し、この考えの下でツールをリニューアルした。
さらに、県内事業者の小ロット加工の受託も開始した。
これらの取組みの成果として、現在(平成29年9月)までに、スルメイカ低利用部位(口、軟骨)の1次加工品、ペルーイカ加工品、ドスイカ加工品、ワカサギの乾燥、ハタハタの乾燥、練り物等の商品で、11社の新規販路を獲得、16社の販路回復を達成した。全国各地の生協の1次加工品、大手コンビニのおでんの具、地元駅弁店の総菜、全国各地のスーパーのバックヤード向けの1次加工品(大手商社との連携)、青森県内のお土産業者の魚介の乾燥工程受託などの販路が開かれた。
今年度からは、STEP2と位置付けた家庭用の自社ブランド事業の拡大にも取り組み始めている。
五戸さんは「加藤CCOの支援を、まるでチームのように活用させていただいた。損得勘定なしで正直な意見をもらえるので非常にありがたかった」と語った。