両親との思い出深い京町屋を宿泊施設にリノベーションし創業
目の前に鴨川が流れる京都らしい風景の中に「京宿しらさぎ」がある。豊田さんは、両親が経営していた休眠中の北邦印刷有限会社を名称変更し、その代表となって1棟貸の宿泊施設を開業した。
しかし、開業に至るまでは苦難の連続だった。ビジネスの経験はなく、銀行との取引もしたことがなかった。「お客様にも、このきれいな景色を思い出にしてほしい」と想いはあるものの、家族の反対がある、融資の受け方も分からない。そんな中、自身で調べた日本政策金融公庫の女性起業家セミナーを知り、自身で作った創業計画書を持って当拠点を訪れ、山本チーフコーディネーター(以下CCO)に相談。以降、定期的に来訪相談することとなった。
個別相談で豊田さんの創業計画を見た山本CCOは「まるでポエムのようだった」と当時の印象を懐かしみながら振り返る。熱い想いは伝わってくるものの、リノベーションの見積もり、それを基に算出した融資の希望額が自己資金の11倍もあり、実現性が低いと見受けられるような創業計画書であった。また、掘り下げてヒアリングしてみると、隣の一棟貸の宿泊施設がうまくいっているので、うまくいくはずだという安易な自信も感じられた。
山本CCOは景観の美しさや、駅が近いというロケーションではなく、豊田さんならではの強みを見出し、お客様の思い出に残るサービスを提供すること、経営者としての金銭感覚・マインドを身につけ、それを事業計画書に反映させることを助言。同時に、豊田さんが自身の想いを家族に十分に理解してもらえていないように見受けられたので、家族会議を行うことを提案した。
山本CCOは豊田さんの作る資料をもとに、町屋のリノベーション費用、休眠会社の登記費用、アメニティなどの消耗品の調達、日々のメンテナンスの外注費用、広告料などの費用の精査をおこない、かつ、創業後には思わぬ出費があることも想定して、最低3ヶ月分の運転費用が余る程度の融資を借り入れる計画を立てた。
また、鴨川に面していることや駅が近いこと、隣の一棟貸しの宿舎がうまく営業できていることは豊田さんが成功する要因にはならないことを確認した上で、開業後、どうすればお客様が来てくれるようになるのか、豊田さん自身の強みをヒアリングしながら模索した。
面談をする中で、海外から来るお客様は比較的裕福であり、知的好奇心が旺盛であると想定。文化的な体験が思い出に残るサービスに繋がると考え、豊田さん自身が琴を教えることを提案した。
「創業をすることで不幸になってほしくない」と、豊田さんを応援しつつも、時には厳しい指摘をすることもあった。家族の反対もありながらも創業まで辿り着けたのは豊田さん自身の熱意があったことが要因であったと山本CCOは振り返る。
相談のたびに課される宿題を1つ1つクリアし、金融機関の納得を得られる創業融資申込書の作成に注力した。特に金融機関は、返済原資が担保される計画であるかどうか、つまり月々のキャッシュが残る計画かどうかが融資を実行する上でのポイントとなる。
古い町屋を宿泊施設にするという、大きな初期投資が必要な本件の場合、30%以上の自己資金を用意する必要があると思われた。相談者が用意できる自己資金に比べて、融資の希望額はその11倍以上と、理想には程遠く、より堅実な事業計画を作成することが求められた。想定する売上げは抑え目、経費も具体的に詰め、掃除など日々のメンテナンスは外注せず相談者もしくは家族に手伝ってもらう方向で調整し、集客面では広告代理店に頼らず、自社HPの発信に注力することにした。
経費の削減や具体的な計画、創業後のビジョンを明確にすることで、徐々に豊田さんの中に経営者としてのマインドが芽生えはじめる。
そして、山本CCOが吟味した具体性のある計画書を手に豊田さんは2つの金融機関に融資の申し入れに向かった。
事業計画書を見た金融機関も豊田さんの事業計画書がしっかりと練られたものであると判断し、2金融機関ともに融資を実行したいとの返事を受けることができた。その内、金利が低い方の金融機関から、自己資金の9倍もの融資を借り入れることができ、創業資金を調達することができた。
2017年7月、建物が完成した。宿の真ん中を縦に貫く柱、天井を横切る素朴な木材が町屋ならではの風情を感じさせる。建物になじむソファやテーブル、小物を搬入した。完成した際に、当初反対していた家族からかけられた「よくやった」という言葉が一際うれしかったそう。そして、2017年9月に「京宿しらさぎ」をオープンした。
また、近くに地元の魚屋さんがある。そこは両親が仕事帰りに購入し、豊田さんが子供の頃から食べていた魚、大人になって改めて美味しい魚だと実感したお店だそう。その魚屋さんに「お客様に旬の魚を使った仕出しを提供してくれないか」と交渉をしてみたところ、豊田さんの熱意が伝わり、快諾してくれた。いまでは多くのお客様が仕出しを頼んでくれ、反応も良好であるという。
「丁寧なフォローアップを受けながらよろず支援拠点でもらった宿題を必死に解決することで事業計画書を作ることができた。低い金利で融資を受けることもでき嬉しかった。」と豊田さんは振り返った。
開業後、当初想定していた海外からのお客様はまだ少なく、日本に住んでいる家族連れやカップルが来てくれているという。稼働率は25%、50%と徐々に伸びてきているというが、観光シーズン以外の季節にも集客をすることが課題となっている。
豊田さん自身の強みやコスト感覚について、気付きを与えながら、丁寧に寄り添っていくことが今後の益々の成功につながる鍵となっている。