印刷業における見積価格適正化への取り組み~価格交渉の土台づくり~
■売上高:756,000千円(令和4年3月期) ■事業所:千葉県内本社・工場、千葉支店、東京支店 ■人員構成:役員5名、社員 54名、パート 7名 計66名 ■事業内容:官公庁の広報誌を中心とした印刷全般、WEB、動画、ノベルティ、販売促進用印刷物(ポスター、チラシ、パンフレット、DM、カタログ等)、大手印刷グループの東日本拠点 ■主要顧客:自治体・大手民間企業、農業協同組合など
住 所:非公開
相談者は、創業70年の従業員60名の中堅印刷会社。印刷品質の高さと丁寧な顧客対応により信頼を築き、地域を牽引する印刷会社として地元自治体、公的機関、大手民間企業からの定期刊行物、販促用印刷物などの注文に応えてきた。令和4年度の当拠点の伴走支援事業に採択され、「デジタル対応の強化とオートメーション化の推進で印刷業界で地域の売上No.1を目指す」という目標を掲げ、その実現への道筋を見出そうとしている。
相談者は、企画デザインから印刷・加工までの一貫生産と地方公共団体での知名度を強みとする一方で、設備の老朽化、高付加価値印刷の設備不足、従業員の高齢化という弱みを抱えている。印刷業界は、紙媒体需要縮小という長期的な傾向に加え、ネットプリント拡大、原材料価格高騰により、業界全体として収益性が低下する厳しい環境に置かれている。相談者もその例に漏れず、近年は営業赤字の状態が続いている。組織体制は、大きく営業部門、生産部門に分かれるが、それぞれ次のような課題がある。営業部門では、新規顧客開拓が進まず、既存顧客のリピート注文が売上の中心になっていることや原材料価格の高騰を、製品価格に十分反映できていないこと。製造部門では、人材不足により工場の生産能力が弱っており、営業が受注しても外注に出し逆ザヤの場合があること。
印刷業は、個々の注文ごとに印刷物のデザイン、精度、形体、部数が異なることに加え、納品の際にも梱包単位や配達先数について様々な顧客要望がある。基本的に同じ内容の注文はなく、個別受注生産の業界である。用紙、インキ、エネルギー価格高騰が、全社的な利益率悪化要因になっていることは明らかだが、その対応を検討するためには、各要因を切り分けてそれぞれの影響度を分析する必要があった。そこで、まず標準原価の導入により個々の注文の利益率を把握する個別原価管理方式を提案した。また、製造部門は注文別の作業実績工数を記録しているので、その工数に標準労務単価を乗じた標準労務費を各注文の個別製造原価として利用することも提案した。標準労務費と外注費を比較し、キャッシュアウトを最少化できるように社員を最適活用することが狙いである。
用紙、インキ、エネルギー価格の高騰分を販売価格に転嫁するためには、その根拠となる原価計算が必要であり、それが価格交渉の出発点になる。印刷業では、個々の注文毎の原価実績に基づいて、適正利益を確保できる個別見積金額を顧客に提示しなければならない。全体として売上高営業利益率を2~3%改善できる見積提示が目標。標準原価管理を土台に、顧客別、印刷物別、注文別の利益率をチェックし、より利益を確保できる営業戦略策定を目指す。
相談者は、所属する企業グループの方針に従い、売上高と限界利益で収益性を管理している。限界利益は、用紙代と外注費を売上から差し引いた額で、その他製造費用は部門単位にまとめて計上している。従って、まず全ての製造費用を個々の売上に紐づける個別原価計算の考え方を全社で共有する必要があった。社長のリーダーシップのもと、営業、生産、生産管理、経理のキーマンを集めた社長直轄プロジェクトを発足し、部門別損益管理を注文別損益管理に精緻化する取組を行った。
価格転嫁の必要性は分かるものの、具体的な上げ幅を決めることは難しいと考えていましたが、標準原価の導入は、その解になりえます。見積価格の上昇が個々の商談の失注につながらないかが懸念されますが、採算がとれない注文は受けないことも重要です。価格提示の際に個別原価を見積り、提案段階での請求漏れを無くす体制作りから始めたいです。